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その「好き」は、ファンとしての「嗜み」か。それとも推しへの「祈り」か。
2026年1月18日(日)
皆様、こんにちは。
日々、様々な「想い」に触れる仕事をしておりますと、ふと人間の抱く感情の奥深さに圧倒される瞬間があります。
突然ですが、皆様は「ファン」と「推し」の違いについて、夜な夜な天井を見つめながら深く考え込んだことはありますか?
世間一般では「どちらも応援していることには変わりない」などと、清らかな解釈をされがちです。
しかし、あえて言わせてください。
その二つの言葉の裏側には、「似て非なる感情」が渦巻いているのです。
今回は、スタッフである私の実体験をもとに解釈した『推し』論。 少々長くなりますが、よければ少し覗いていってみませんか 。
■ことの発端は、あまりに対照的な「2つの出来事」
真理に触れるきっかけは、当時私がのめり込んでいたスマートフォン向けゲームでの出来事でした 。
愛してやまない2つのユニットに起きた変化に対し、私の情緒は「解釈違いによる大暴れ」と「変化への感動と感涙」という、極端な乱高下を見せたのです。
ケース1:解釈違いで静かにお別れした話(ユニットA)
3人組ユニット「ユニットA」。 応援していたのは、彼らが醸し出す「調和のとれた雰囲気」そのものでした 。 声の相性、立ち位置、関係性。まさに神が定めた黄金比 。
「3人で完璧な状態なのだから、今後どんなことがあっても変わることはないだろう」 。 そう信じていた時期が、私にもありました(遠い目) 。
しかし、運営様は残酷な采配を振るわれます。
まさかの、新メンバー加入(4人目)
予感はありました 。
新キャラクターが発表された時点で、ユニットAのイベントにその新キャラがゲスト出演した時点で 。
とはいえ、私の愛した黄金比ユニットは変化を求めていました 。
どれだけメンバー本人たちが加入を歓迎していようが、私は「いやだ!さみしい!」「3人で完璧だったのに!」と内心大暴れ 。
「大変申し訳ございませんが、私が愛したユニットは、いなくなってしまいました」
これは、いわゆる「解釈違い」というやつです。私は静かにアプリを閉じ、消費者としての権利を行使(卒業)しました。
ケース2:ビジュ変されてもなお、愛した話(ユニットB)
一方、別の3人組「ユニットB」。
メンバーの1人が、あろうことか願掛けとして伸ばしていた髪を「断髪」。さらに、ユーザーが愛着を持っていた野暮ったい眼鏡を、スタイリッシュな眼鏡に変更する大幅なビジュアルチェンジを行いました 。
通常であれば、賛否両論が巻き起こる事態です。というか、実際にユーザー間では様々な意見が飛び交いました。
しかし私は、情報公開された配信画面を見ながらボロッボロに涙を流していたのです。
「運営様ありがとう……!なんかどえらいかっこよくなってる……!」
モジャモジャ眼鏡からスッキリ眼鏡に変わった彼を見て、心が離れるどころか「その変化すら愛おしい」「運営様、ありがとうございます(合掌)」と感謝を捧げる始末。
泣きながら課金をしたのは、この時が初めてです。
一方は変化によって離れ、もう一方は変化によって財布の紐が緩む。
変化に違いはありますが、この反応の差こそが、我々を悩ませる「ファン」と「推し」の分水嶺なのでございます 。
■定義:「お客様」か、「信者」か
この事象を冷静に(なろうと努力して)分析いたしました結果、少々刺激的な定義が浮かび上がってまいりました。
【ファン】の正体
対象に「成果」を求める、条件付きの好意。(=質の高いサービスを求める「お客様」)
根底にあるのは、「期待通りの供給(パフォーマンス)をしてくださるなら、対価をお支払いしますよ」という、非常にドライで健全な契約関係です。
ですから、「解釈違い」が起きれば、契約は即座に白紙。
私はユニットAに対し、無意識のうちに「厳しい審査員の目」を向けていた消費者だったわけです。
【推し】の正体
対象の「存在」を祝う、無条件の支持。(=健やかであらせられることへの「奉仕」)
もはや理屈ではありません。
失敗しようが、キャラ変しようが、どんな姿になろうが、
「それもまた、貴方が歩んだ・選んだ人生(ストーリー)……!」と、すべてを飲み込む覚悟。
見返り? そのようなものは必要ありません。推しが今日も笑っていれば、実質無料(タダ)です。
ユニットBに対し、私は完全に「人生という名の献身」を捧げていたのです。
■貴方の「好き」は、どちらの沼ですか?
問われているのは「愛の種類」です。
もし明日、貴方の応援している方が道を踏み外し、あるいは貴方の理想とはかけ離れた姿になったとして。
「推しが少々やらかしてしまったけれど、それすら許容して支えていきますか?」
この問いに対し、食い気味に「Yes」とお答えになれるのであれば、ようこそこちら側へ。貴方は立派な「推し」の使徒です。
逆に、そこで「No」と言える貴方は、確固たる美学をお持ちの健全な「ファン」でいらっしゃいます(どうぞそのままでいてください)。
どちらが良い悪いというお話ではないのです。
ただ、ご自身が「どちらの深淵を覗いているか」を自覚しておいた方が、心の平穏を保つために重要かと思う次第です。
ここまでお読みいただき、まだまだ「推し」について考えてみたくなった皆様。
次回は、さらに深い「ファン」と「推し」のお話、「推しと共に生きるということ」について語らせていただきます。
どうぞ、心して(?)お待ちくださいませ。
ガヤノトミヤス

